ひで、“新たな自分”探しの旅へ
7月3日、中田英寿がプロ・サッカー界からの引退を表明した。突然の早すぎる引退。本当に驚いた。
「今回のワールドカップを最後に引退することは、半年前に決めていた」とのこと。
今思えば、6月22日のブラジル戦の敗北の後、ブラジル・チームのユニフォームで顔を覆い仰向けに横たわったまま長い時間ピッチを去らなかった「ひで」の心の中にあったのは、ブラジルに勝てなかった悔しさだけではなく、20年間の自分のサッカー人生へのさまざまな思いだったのだ。

ブラジル・チームのユニフォームで顔を覆い横たわる中田
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95年、山梨・韮崎高校を卒業した「ひで」はJリーグ・ベルマーレ平塚(現湘南)に入団し3年間を過ごした。
ベルマーレは、私が勤務していた企業が母体となっていたチームだっただけに「ひで」への思い入れは人一倍強く、ヨーロッパへ活躍の場を移した後もずっと彼のプレーを見守り続け、声援をおくってきた。
「ひで」はサッカー選手としての実力はもちろん素晴らしいものがあったが、それ以外にもいろんな所で異色の才能を見せてきた。
イタリア移籍後そんなに時間も経っていない時期の記者会見では流暢なイタリア語で現地メディアの質問に応じ、ジョークさえ飛ばして記者団を笑わせた。
ベルマーレ時代のスポンサー「東ハト」では非常勤のCBOを勤めている。
いち早くウェブサイト “nakata.net” を立ち上げ、ファンに直接メッセージを送り続けた。
そして、その “nakata.net” で今回の引退表明がなされたのだった。
「人生とは旅であり、旅とは人生である」と題した “Hide’s Mail” で、彼は「“新たな自分”探しの旅に出たい」と言っている。
どんな旅になるのか。何を見つけて戻ってくるのか。
彼なら、サッカーとは全く関係のないところでも充分に活躍の場を見つけることができると思う。
本当にお疲れ様でした。しばらくはゆっくり休んで、のんびりと旅を楽しんできてください。

